自衛隊員の自殺率は高い上に数字以上の問題点が多い件

書かなきゃいけないことがたくさんあるが、id:zyesuta氏によるエントリが話題になっているので、言及しておきたい。


自衛隊は自殺が多い」は本当か? 自衛隊の自殺とメンタルヘルス1 - リアリズムと防衛を学ぶ
http://d.hatena.ne.jp/zyesuta/20090810/1249910306


上記エントリは非常に有意義な考察だと思うし、議論展開もとても良心的ではある。
しかし、結論から先に言うと、やはり自衛隊員の自殺は「多い」上に「問題点が多い」と言わざるを得ない。

自衛隊員の自殺率は「高い」


自衛隊員の自殺については、新党大地代表の鈴木宗男氏が数回にわたって質問主意書を提出している。
例えば、平成19(2007)年11月13日に提出された「自衛官自殺問題に対する防衛省の取り組みに関する質問主意書」では、以下のような指摘がなされている。

2004年から2006年までの3年間、自殺した自衛官が毎年100人を超え、更に2006年度の自衛官の自殺者数は10万人当たり38.3人になり、人事院がまとめた2005年度の国家公務員の10万人当たりの自殺者数17.7人の2倍強と、国家公務員の中でも自衛官の自殺が突出して多いことが防衛省の調べで明らかになった
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a168212.htm
(数字の表記を漢数字からアラビア数字に編集)

ちなみに、ここで触れられている「自殺した自衛官」とは、正確には防衛省職員のうち、いわゆる「背広組」を含んだ数字だ。現場の自衛官に限って言えば、平成16年度94人、平成17年度93人、平成18年度93人となる。

元エントリでは、男女比や年齢構成など、自衛隊の「母数」を補正することに主眼が置かれており、それはそれで重要なことではあるが、より重要な観点が抜け落ちている。
警察庁がまとめた「平成19年中における自殺の概要資料」によると、

(自殺者の職業別状況は)「無職者」が1 8 , 9 9 0 人で全体の5 7 . 4 % を占め、次いで「被雇用者・勤め人」( 9 , 1 5 4人、2 7 . 7%)、「自営業・家族従事者」( 3 , 2 7 8人、9 . 9% )、「学生・生徒等」(8 7 3人、2 . 6%)の順となっている

とあるように、過半数が無職者である。
国家公務員全体の自殺率が国民全体の半分程度なのも、安定した雇用状況にあることの反映だろう。
自衛官も、もちろん無職者ではない(※ただし、下士官クラス以下の自衛官の場合、30代には転職する必要に迫られるケースが多い)。したがって、なぜそのような雇用状況にある自衛官の自殺率が平均値以上であるのかという点について考察する必要があるのではないか。


平成19年中における自殺の概要資料」をさらに読み進めると、

「原因・動機が明らかなもののうち、その原因・動機が、「健康問題」にあるものが1 4 , 6 8 4人で、次いで「経済・生活問題」( 7 , 3 1 8人)、「家庭問題」( 3 , 7 5 1人)、「勤務問題」( 2 , 2 0 7人)の順となっている

という記述がある。
健康問題には心身の両面があると思われるが、少なくとも身体に関しては現役自衛官はおおむね健康であると言えるだろう。経済・生活問題に関しては、元エントリのパート2で述べられている借金の問題もあるが、倒産や生活苦などは考えにくい。


つまり、自衛隊員は、(その他の国家公務員と同じように)環境的にはきわめて自殺しにくい状況にある母集団であると言える。
にもかかわらず、国民全体の平均値以上かつ国家公務員平均値の2倍以上の比率で自殺者が毎年出ている状況は、やはり自殺率が「高い」と言うしかないのではないだろうか。


数字以上に問題だと思うこと


自衛隊員の自殺の特異性については、元エントリのパート2で詳細に述べられている。
多少の補足をしておくと、借金の問題に関しては、一部では深刻らしく、知人の自衛官に聞いた話では「普段の訓練生活が単調なためか、休みの日にパチンコなどでストレスを発散する隊員は多い」という。というか、生活圏(基地や訓練地)や生活リズム(夜勤、平日休みなど)の問題で「パチンコぐらいしかやることがない」というのが実情のようだ。


とはいえ、パチンコ→借金のように因果関係がハッキリしていれば、まだ対策の立てようもある。問題なのは、自殺の原因として「その他・不明」に分類されているケースだ。元エントリでも引用されていた、防衛省・自衛隊の自殺83人 「精神疾患」原因トップに - MSN産経ニュースによると、

防衛省自衛隊の平成20年度の自殺者が自衛官76人、事務官ら7人の計83人に上ることが17日、防衛省のまとめで分かった。同省は初めて「精神疾患」を原因とする自殺者数を公表し、最も多い25人だった。

防衛省はこれまで、自殺の原因を「病苦」「借財」「家庭」「職務」に分類し、精神疾患による自殺は「その他・不明」に含めて公表していなかった。

ということで、ようやく防衛省も少しは情報公開するようになってきたようだ。以前は、前出の鈴木宗男氏が質問主意書で「その他・不明」の内訳や精神疾患による自殺について重ねて問い質したものの、木で鼻をくくったような回答しか帰ってきていない。

しかも、過去には、自衛隊内でのいじめが原因の自殺と思われるケースでは、警務隊(自衛隊内で司法警察職員。身分は自衛官)が隊員宅にあった手帳などを押収して、事態を隠蔽しようとしたこともあった(※いじめ問題については、書き始めると膨大になりそうなので、この程度でとどめる。しかし、かなりひどい話が多い)。呆れるほかないが、こうした隠蔽体質が、自衛隊内での自殺問題の解明を妨げていることは間違いないだろう。その象徴的な数字が、もっとも多く分類されている自殺の原因である「その他・不明」である。


個人的には、「だから自衛隊はひどい組織だ。一刻も早く廃止すべきだ」というスタンスには与しない。
とはいえ、自衛隊員の自殺は第一に人道的な問題としてケアされるべきだし、安全保障上も好ましくない問題である。自衛隊を機能させるために必要なものは、装備や先述の前にまず「人(隊員)」である。
適切な情報公開を行った上で、きちんと対策をとってほしいと切に願ってやまない。